2020年1月11日に見た夢
夢のなかの僕は電車に揺られている。大学の授業は一番後ろの席で安達哲の『キラキラ!』を読んでやり過ごした。レコードを買いに行く途中の電車で、上げた視線を下げられずにいる。ウォークマンからはドアーズのブートレグが流れている。
オレンジ色のロングシートに腰かけ、向かい側の網棚をずっと見ている。一冊の本が横たわっている。目を離すことができない。背帯に書いてある「動け得ぬ者たち」という文字が気にかかって仕方がない。柔らかい、というより、ありていに言えば、か弱い明朝体で、でも座った瞬間にすぐに目に飛び込んできた。
春先のお昼とも夕方とも言えない時間帯の電車は、それほど混んでいない。いつもならおもむろに立ち上がって、読み捨てられた週刊誌なんかを手にする。
ただ、今回は少しばかり勝手が違う。その本の下に睾丸みたいにしわくちゃな顔の老人が座っている。後ろになでつけた白髪で、苔みたいなあごひげをたくわえている。向こうは僕の存在は気にもとめていないけれど、こちらはどういうわけか心がざわつく。
何駅かを通過しても、降りる様子はない。少しつり上げた眉毛とへの字口がバッテンみたいに見えてくる。僕はその本がどうしても読みたくて、レコード屋が並ぶ街の駅を乗り越してしまった。目を合わせないように時々見ると、右手に杖を持って座るその老人が「動け得ぬ者たち」の番人のように思えてくる。体がぶるぶると震え、体中からどっと汗をかき始めた。ウォークマンから「The End」が聞こえ始め、その老人と目が合った。
「まずい」と感じた瞬間、「The End」が隣で眠る息子の寝息に変わり、僕は「助かった」と思う。夢だったんだと息を吐く。カーテンの外は少し明るくなっていた。
向かいの家の門ががちゃりと開く音が聞こえる。いや、閉まる音なのかもしれない。僕は祈るように胸の前で手を組み、もう一度眠りにつこうとした。